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2005年1月 1日 (土)

ご近所散歩

☆我が家近くのお寺 吉祥寺  

天台宗別格本山。古くは、川越中院(なかいん)の末であった。江戸時代には、門徒20か寺。末寺5か寺を持っていた。宝珠山十輪院と号し、滋覚大師の開山という。市内屈指の古寺院である。山門は江戸時代初期の建立である。桃山文化の流れを汲む、活気溢れる建築である。本堂は、江戸時代後期の建築である。徳川家康から、寺領五石の寄進を受けており、寄進状が現存している。山門を入って左に、徳本上人の念仏供養塔がある。 

☆高野長英が隠れていた高野家の離れ座敷  

高野家の先祖高野隆仙(りゅうせん)は医師で、蘭学はもちろん花堂、茶道、南画、連歌、兵事に通じていた。この離れ座敷は隆仙が建てたもので、茶室にも使えるようになっており市指定有形文化財となっている。二間からなり、奥の間は隅切り下地窓がつく。水屋は下屋(げや)となっている。この離れ座敷に1845年、逃避中の高野長英を数日間かくまった。建築としての価値のほかに、長英の遺跡として見逃せない。 

☆パナマ運河のミニチュア版 見沼通船掘り  

大字大間木の附島から下山口新田にかけてある全長約1キロメートルに及ぶわが国最長の閘門式運河。芝川を中心に東西見沼代用水路に向かって直角に走る。1731年に開通した。作ったのは井沢為永である。代用水路と芝川の間に約3メートルの水位差があるので二ヶ所ずつの閘門を設け、水位を調節しながら船を上下させた。この通船掘りの開通によって、代用水路縁辺の村々と芝川荒川を経て、江戸(千住、神田、日本橋)を結ぶ内陸水路が開かれた。通船掘りは大正末年まで使われた。 

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